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2010年10月20日

モータースポーツ&電動レーシングカート 子供達が挑戦する姿


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10月17日に新東京サーキットで行われた「NTC CUP SERIES Rd.5 Sクラス」。

先週Uさんの紹介でお会いした宮田氏のご子息、莉朋選手が2位を獲得しました。

もちろん本人は更なる上を見据えていたと思いますから、この結果に対する思いを第三者が推し量ることはできません。

しかし、今回の結果を真摯に受け止め、次へとモチベーションを高めていると伺い、1人のファンとしてとても嬉しく思っています。

所属するモリシタレーシングさん(楽しくも厳しいと聞いているショップさんです…)のサイトを見ても、彼の並々ならぬ意識の高さは驚きをもって見守られている様子。

本人はいたって穏やか(というか、人としてとっても優しいんです)なんですが、内に秘めている芯の強さは周囲が認める以上だと思います。

イメージはマンが「カペタ」の源君のストイックさに、平君の穏やかさが加味されたタイプの男の子ってところ?こんな例えをしちゃうと下衆っぽくて怒られちゃいそうですね。

ごめんなさい。

初めて会った小さなパイロットにこれだけ興味を持ったのは、僕自身も驚いていますが、実は初めて。

ご家族も本人の主体性を尊重されていて、厳しく、包み込むように見守っておられるのが印象的でした。

僕も含めて、親らしくない親が多い中で、緩急のある、筋の通った親子関係を築いておられるのには感服しました。

宮田さんはジュニアカートに関する知見も豊富で、「キャッチボール感覚のモータースポーツ」に対するアドバイスも頂いています。

新しいヒントを頂けた事で、次の私自身のアクションに具体的に採り入れていこうと思っています。

新東京サーキットのレース当日は、私も子供たちをつれて観戦に行こうと目論んでいたのですが、諸事情あって適わず・・・。

ただ、同じ年頃の仲間たちが真剣に取り組んでいる姿を、あらためて近いうちに見せたいと思っています。

別にモータースポーツをやってみたら?と言うつもりはありません。

自分が好きだと思うことに、もっと夢中になれることの素晴らしさを疑似体験して貰えれば良いなと思っています。

宮田さんのお話では、当日は高木虎之助氏もご家族同伴で来られていたそうです。

アットホームな側面を持ちながらも、プロフェッショナルにも結びつく妥協なきチャレンジが繰り返されるジュニアの現場。

一人のファンとして見守ることしか出来ませんが、少しでも応援して行けたらと思っています。

莉朋選手、素敵な大人に成長していってください♪




posted by papacchi at 19:12| Comment(0) | 3.モータースポーツと教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月06日

モータースポーツ&電動レーシングカート 夏休みの宿題

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子供たちは夏休みの真っ最中です。

私たちは横浜市の主幹線際に住んでいるため、小学生の子供たちだけで気軽に遊びに行ける場所はそれほど多くありません。

結局ほとんど自宅の中にいて、兄妹二人で遊んでいます。

何をしているか様子を見ていますが、二人だけのオリジナルの遊び、テレビゲーム、お気に入りのDVDシリーズを見ている時間が長いようです。

学校の宿題もそれほど多くないようで、時間を見つけては少しずつ済ませているようです。

ただ、あまり本は読みませんね。

兄には数ヶ月かけて伝記全集を全て読ませましたが、まだ読書する面白さには気付けなかったようです。

ふと思いついて、「マザー・テレサ」のDVDを二人に見せました。

「これを見たあと、感想文を書いてみて。」

パパからの宿題です。

私の作文力はひどいものですが、子供たちの力量を調べて、「書く」、「表現する」を一緒に勉強してみようと思いました。

夕食後にDVDを見せて、次の日に感想文を書いてもらいました。

娘は見ている途中で眠ってしまいましたが。

翌日会社から戻ると、二人とも感想文を完成させていました。

読んで驚きました。

息子の文章には多少問題がありましたが、娘の文章は予想外の完成度です。

文章で気持ちを表す方法を特別に学だことがあると思うほどでした。

聞くと、自分たちでインターネットでも調べたそうです。

その場では二人に「よく出来てる。すごいよ。」としか言えませんでした。

が、この発見を活かして、二人と少しやってみたいことを思いつきました。

二人とも興味を示してくれるかな?

少なくとも今回経験したことから1つ学びました。

読書感想文にこだわらずに、何でも良いから経験したことについて感想を文字や絵にする習慣を持つのは良いトレーニングになるだろうと思いました。

そもそも、ブログもそのためのツールとして使えますよね。

私の技量はなかなか向上しませんが。




posted by papacchi at 20:10| Comment(0) | 3.モータースポーツと教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Electric racing kart & motor sport : Homework for the summer vacation.


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Our children are in the midst during summer vacation now.

There are not a lot of playground where they can go readily only by grade-schooler's children themselves, because we live in the urban area of Yokohama City.

After all, they were almost in home every, and plays something.

Though I am occasionally looking at the appearance of them, it seems that they always enjoy their original play, playing video games and seeing some favorite DVD series.

The school doesn't gave them the homework too much a lot, and when they found the time, they are finishing it little by little.

However, they almost don't read the book.

I had the son read all the biography complete volume in several months recently.

However, he seems not to have been able to notice the interest of reading still.

Though I suddenly hit on, I had my kids see one DVD of "Mother Teresa".

"After seeing this, put one's impressions in writing. ", I said.

It is a homework from daddy.

My composition ability is awful.

So I think that I examin children's abilities of self-expression and want to study "Writing" and "how to express" together in this summer.

We see the DVD after supper, and my kids put their impressions in writing on the next day.

Though my daughter has slept near by the end of it...

Both of their impressions had been completed when I had returned from the company the next day.

I was surprised to read them.

Because my daughter's sentences are unexpected perfections, though there was some problem in son's sentences.

I specially thought that she is already learning the method of expressing her feelings by sentences somewhere.

I heard that they studied more information from the Internet by themselves.

But it isn't the reason why she can express with words her impression.

What I could at that moment is just to say "It is well-made! It is great, you two!".

However, I hit on wanting the attempt with my kids, because I made the best use of this discovery.

Does both show interest in my proposal?

I learnt one thing from the experience of this time at least.

Making the impression concerning experience of one's self for anything as the sentences and a picture will become good training method.

The book report is not the all.

I think that keeping writing the blog becomes one of the training.

Though my capability doesn't improve easily.




posted by papacchi at 20:07| Comment(0) | 3.モータースポーツと教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月11日

モータースポーツ&電動レーシングカート 龍馬伝

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今週末も何かと落ち着かなかったです。

お買い物、体力づくり、ビジネスモデル検討、選挙、F1予選、等々。

ブログも幾つかのサイトで英語版と並行投稿し始めたので、思った以上に手間が増えました。

やりたいことの半分も出来ていないかなぁ。

もっともっと時間を充実させないと。

ふと気付くとNHKの「龍馬伝」が約1時間前倒し放送になってました。

参議院選挙の開票速報があるからですね。

別に途中経過を全放送局が採り上げる必要も無いと思うんだけど。

「龍馬伝」はシーズン2の最終回。

史実とは異なるけど、面白くまとめたお話だと思います。

来週からのシーズン3が待ち遠しくなります。

数年前から起業の参考にしようと、本などで明治維新前後の様々な出来事の「プロセス」を調べていました。

特に大久保利通には強く興味を持っています。

彼の生涯は意外と論じられていない。

論じようとすると広すぎるのかもしれませんが。

坂本龍馬も維新後は情報が閉ざされていた人物。

まだまだ沢山の無名の大人物が居ると思います。

別に大きくなくても良いんですが、事を「成し遂げた」人の具体的な取り組み方が知りたくて仕方が無い。

自分で試行錯誤するのも必要ですが、常に参考になる生き方を探している気がします。

自分らしくあることの難しさも感じています。

僕という人間の本当の姿が知りたい。

実行、失敗、実行、失敗、・・・。

たまに成功。

そのときどう切り抜けたかで、自分の断片を知ることが出来ます。

自分を知るには、常に限界に挑み続けるしかないようですね。

信仰心はありませんが、先達がどのように壁を乗り越えたかを知ると、自分の苦しさを癒してもらえます。

もっともっと、厳しい壁に向き合えるように自分を成長させたい。

「龍馬伝」は子供の頃の気持ちに戻って素直な思いで見入っています。




posted by papacchi at 21:45| Comment(0) | 3.モータースポーツと教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Electric racing kart: Biography of Ryoma Sakamoto.


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I did not settle down variously at the end of this week.

Shopping, physical conditioning, business model examination, and vote (the House of Councilors election), Qualify of F1, etc.

Time has increased more than my thinking because I began to contribution on some blog sites as an English version.

I do not think that the half of wanting to do is made either.

I should enhance time more more.

When I noticed suddenly, NHK (state-sponsored media in Japan)"Biography of Ryoma" was broadcast by moving up about one hour.

It is because there are up-to-the-minute returns of the House of Councilors election.

I do not think that there is a necessity that all broadcasting stations report the process.

Today's "Biography of Ryoma" is a final episode at season 2.

In TV drama "Biography of Ryoma", the focus is done to "Ryoma Sakamoto" who is told as greatly influenced Meiji Restoration.

There are a lot of parts different from the historical fact.

However, I think that it is a talk brought together being interested.

Season 3 from next week is impatient.

To use it for the business, I was examining various "Process" before and behind Meiji Restoration in the books for several years.

Especially, I have the acute interest for "Toshimichi Ookubo".

It is not unexpectedly discussed through life about him.

When he is discussed, the range of the topic might be too wide.

After Meiji Restoration, Ryoma Sakamoto also got information shut.

I think that there is still a great man a lot unnamed.

Anyway, I want to know some concrete way for "accomplished it" persons.

It is necessary to try and err for myself.

I also think that I look for the way of life that always serves as a reference.

"It seems to be me and live" is difficult.

I want to know man's named me true appearance.

Execution, failure, execution, and failure.

Success occasionally.

How did I come through a certain problem?

I learn its one side there.

To get in touch with myself, I think that I should keep always trying my limits.

I do not have the faith.

However, when i know how predecessors got over the wall, painful of I can be healed.

To confront a severe wall more, I want to develop me.

It gazes at "Biography of Ryoma" returning to obedient feelings in childhood.




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2010年07月10日

モータースポーツ&電動レーシングカート Frank Williams 去る

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ロータスの創始者Colin Chapman。

私が唯一尊敬する人物だ。

彼のことは雑誌の情報程度しか知らない。

だが、そこで知り得た僅かな人となりが、私の人生の一つの岐路を大きく左右した。

Colin Chapmanの死後、F1界の特定の個人に夢中になったことは無い。

いや、Colin Chapman以外に理想の人物として偶像化出来た人は、これまでの人生で一人も居ない。

それでも、インパクトを与えてくれる人々はもちろん居た。

その一人がFrank Williamsだ。

交通事故のニュースを聞いたときには大いにショックを受けた。

Saudiaのロゴを纏った白とグリーンのF1マシンでチャンピオンを獲得し続けた時代もある。

彼はとてもシビアなチームマネージャーという印象が強かった。

しかし、Ken Tyrrell以上に若手ドライバーに愛情を注げる、人間味に溢れる人物でもある。

そのFrank Williamsが第一線を退くことになった。

いずれ迎えざるを得ないとは理解していたが、いよいよそのときが来たようだ。

ロータスと異なり、ウィリアムズは近代F1でも歴史を刻んできた。

Colin Chapman亡き後のロータスとは違い、ウィリアムズはFrank Williamsが去った後も独自に進化を続けると思う。

寂しいことだが、大きな財産をF1界に残してくれたことで相殺するしかないだろう。

もちろん、これからも何かしでかしてくれることを期待したい。




posted by papacchi at 21:59| Comment(0) | 3.モータースポーツと教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Electric racing kart: Frank Williams leaves.


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Initiator Colin Chapman of Lotus.

I am a person who only respects him.

I know only the information from the magazines.

However, his character that I was able to know a little bit greatly controlled my crossroads of my life.

After Colin Chapman dies, I do not have what became crazy for a specific individual of Formula1 circles.

No, there is no person whom I respected except Colin Chapman.

However, there was a person who influenced me.

The one person is Frank Williams.

When the news of his traffic accident was heard, I shocked very much.

The age when they kept acquiring championship with the F1 machine on which the logo of Saudia and white and green colors are painted is impressive me.

He looked like a severe manager of the team.

However, he is a person who overflows in human touch that can pour love into the young man driver as well as Ken Tyrrell.

The Frank Williams will move backward from the first line.

That time seems to have come finally though I understood that I could not help receiving it sooner or later.

Williams has carved the history for modern ages F1 unlike the Lotus.

After leaving by Frank Williams, Williams will keep evolving originally unlike the Lotus after the deceased Colin Chapman.

It is lonely that Frank Williams leaves.

However, it will be counterbalanced by a big property which has left for Formula1 circles.

Of course, I want to expect him to be going to start something one of these days.




posted by papacchi at 21:57| Comment(0) | 3.モータースポーツと教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年07月09日

モータースポーツ&電動レーシングカート Robert Kubicaとルノーとの、残る2年の関係に注目したい

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Robert KubicaがルノーF1に残留することが正式に決まったそうです。

今回の契約は2012年まで。

Robert Kubica側がルノーの出方を待っていました。

本気で勝つ気があるのか?と。

ルノーF1がこの問いに応え、合格点を得たようです。

十代前半から単身レーシングカートの契約ドライバーとして世界へ飛び出したRobert Kubica。

クレバーで、自制できるドライバーであり、同時に全レースラップでファステストを出し続けられるくらいのクレイジーさも持ち合わせているドライバーです。

玄人好みのドライバーとは評価したくないほど、最近はパドックでの表情も豊かになってきました。

Robert Kubicaは本気でワールドチャンピオンを手に入れられるとイメージしているドライバーです。

既にワールドチャンピオンを手に入れたドライバー以外に、彼のように具体的なビジョンを描いているドライバーは数少ないと思います。

自分の欲望とマシンの限界のバランスを取る能力は抜群です。

もう1ラップ、フルアタックしたいところを、マシンからの返事を尊重して自分の欲望を自制できる。

特筆すべき才能だと思います。

今回のRobert Kubicaとルノーの合意は今後の2年間をさらに期待出来るものにしてくれたと思っています。

結果はどうなるか、そんなことは誰にも判りません。

でも、数少ないストイックなパートナーシップを作り上げた両者に、これからも注目したいと思います。




posted by papacchi at 23:52| Comment(0) | 3.モータースポーツと教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Electric racing kart: Remaining two years relationship between Robert Kubica and Renault.


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I heard that it had been formally decided that Robert Kubica remained in Renault F1.

This contract is up to 2012.

The Robert Kubica side waited for the attitude of Renault.

He was questioning Renault, "Do you have a mind to win seriously?"

Renault F1 seems to have obtained the passing grade in compliance with this question.

Robert Kubica had went out to the world all alone as contract driver of racing car in the first half in his teens.

He is a driver who can control himself clever, and also he is a driver who has crazy potential as it keeps putting out fastest by all race lap.

His recent expression has become rich also in the paddock though he occasionally seemed the driver of the expert taste.

Robert Kubica is a driver who is serious and is imaging the world champion as securable.

I have already thought that the driver who is describing a vision as concrete as him is very few excluding the driver who obtains the world champion.

He is excellent in the ability to be balanced of own desire to the limit and the limit of the machine.

He can control his desire by giving priority to the response from the machine even to run another lap with a full throttle.

I think that it is a talent that should make a special mention.

Mutual agreement of this Robert Kubica and Renault.

I think that they made it to the one that two years of the future can be expected further.

Nobody understands such a thing, how the result becomes it.

However, I want to pay attention to both who made up a very stoic partnerships to the next future.




posted by papacchi at 23:51| Comment(0) | 3.モータースポーツと教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月13日

モータースポーツ&電動レーシングカート え!?2010年ルマン24時間?

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ワールドカップサッカーでも見ながら、のんびりSEOの調査でもしよう・・・なんて思いながら、なんとなく先にYahoo!のニュースを眺めてたら、見落としてた・・・。

今日からルマンだった!

しかもプジョーとアウディがLIVE TVを提供するって言うじゃん。

日本のメーカーじゃ有り得んサービス!

無料だしね!

さっそくパソコン1台を占有して、2放送を同時にストリーミング中。

もうみんなも知って居ると思うけど、念のためブログにも書いておこうと、またここに戻って来てしまった(笑。

アウディはここで、プジョーはここで、見れます。

アウディは車載カメラ中心の無言(エキゾースト音と、スキール音のみ)放送(笑。

プジョーは結構本格的。少し英語が入るけど、フランス語で放映。

でも、見てりゃわかるよ(笑。

リアルタイムのラップチャートも、速報も入ってくるので助かるぅ!

そもそも日本ではTV放映しないところが良いよね・・・。

如何にモータースポーツに対する注目度が低いかがはっきり判る。

インディ500マイルだって放映しないでしょ。

あり得ないよ、海外から考えたら(笑。

車が売れないって頭抱えてるんだったら、こういうチャレンジどんどんすりゃいいのに。

日本って、製品作っても文化が作れないってこと、こういう所で良く判る。

それにしてもワールドカップサッカーも見ながらだから、目が・・・足りん(笑。

F1は録画で見るとしてもね・・・。

不本意だ・・・。

こう考えると、ウェブ・サービスで、モータースポーツ無料放映システムなんか作ってみたくなっちゃうね。

臨場感を楽しめるのはお金を払ってサーキットに出向いた人の特権。

それを認めたうえで、次回の来場者を育てるために、無料でライブ放映をするって価値があると思う。

テレビでわけのわからんCMで邪魔され、とんちんかんな解説されるより、自分の目で学べる。

システム規模はめちゃくちゃ大きくなるだろうし、オーガナイザーとの契約のハードルもめちゃくちゃ高そうだけど、これ、結構良いビジネスチャンスかもしれないなぁ。

もちろん日本市場なんか相手にしない。

世界を相手。

その中で、レーシングカートみたいな底辺レースも織り込んでいく。

固定カメラで数十分の番組にしたって、見てる人は鋭い所を見るだろうし、良い若手ドライバーも発掘してくれると思う。

若手ドライバーにとっても、すっごい勉強になると思うしね。

と、まあここまでにして、同時観戦に戻ります。

ゆっくり眠りたいとも思ってたんだけど・・・。

時間無くなっちゃいそう(笑。




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2010年06月12日

モータースポーツ&電動レーシングカート フェラーリ・ドライバー・アカデミーと11歳の少年

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フェラーリの若手レーシングドライバー育成システム「フェラーリ・ドライバー・アカデミー」が、カナダの11歳の少年と契約を結んだそうです。

メルセデスとルイス・ハミルトン・・・と言えばイメージが湧くでしょうか。

まあ、どのように成長していくかは結果のみぞ知る、なのですが、ぜひ頑張って欲しいなって思います。

誰もが得られるチャンスじゃありませんからね。

ロバート・クビサ(クビカ)も13歳でポーランドを出て、ステップアップしてきたドライバー。

F1までのカテゴリーでは、ルイス・ハミルトンより抜きん出た存在でした。

今年F1に乗っているドライバー達は、本当に魅力溢れる才能の集団だと思います。

もちろん去年までだって、F1創始の頃からだってそうですけどね。

でも、明らかに新しいF1文化を創り出す節目を迎えていると思います。

ジャン・トッドがFIA会長になった時点で、FIAそのものの体質がまったく変わったと感じました。

あり得ないと思っていましたからね。

今の流れを絶やさず、今レーシングカートを駆り世界中で切磋琢磨している若い才能を迎え入れる素晴らしいフィールドを作り続けていて欲しいと思います。

もちろん僕らファンも、考え方を常にアップデートしながら、出来ることを続けて行かないといけませんね。

それにしても、レーシングカートに存分に乗れる環境って羨ましいなぁ・・・(笑。




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2010年02月08日

モータースポーツ&電動レーシングカート NHKスペシャル ミラクルボディー

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今週末からバンクーバー・オリンピック。

アルペン種目だけは絶対に見逃せません。

特にダウンヒルとスラローム。

この2極に位置する種目は最高にエキサイティングです。

ジュニアの頃には大回転競技までしか経験のない私ですが、スラロームのスペシャリストになりたいと

夢見ていたものです。

一方、ダウンヒルは当時から「見る」種目だと思っていました。

日本には練習するコースがないこと、そして、子供ながらに100km/hオーバーのスピードで生じ

るGを「脚だけ」で受け止めるなど自分には無理だと判っていました。

当時のダウンヒルレーサーが言った、「恐怖を感じた瞬間にダウンヒル・レーサーは戦う資格を失う。

」というセリフが今でも鮮明に頭にこびりついています。

先日NHKスペシャルで放映された「ミラクルボディー」の第一回は、久しぶりにアドレナリンが溢れ

出るような興奮を覚えました。

テクノロジーも進んでいて、モータースポーツと同じような進化を遂げています。

それも人間の肉体をベースにしてです。

スキーをしたことがある方なら理解して貰いやすいかもしれませんが、緩斜面から急斜面へと切り変わ

るブラインドの曲面へ加速しながら飛び込んでいくのは危険極まりない行為です。

先が見えないわけですから自分自身が怪我をするだけでなく、斜面に居る他のスキーヤーへ怪我をさせ

る恐れもありますからね。

しかしレースでは他のスキーヤーは居ません。

出せるだけ「スピードを出して良い」んです。

こういう状況はまさしくモータースポーツと同じですね。

小心者で臆病な私も、こういう度胸比べはなぜか負けたくない気持ちが勝ってしまいます。

そして、ダウンヒルはこういうポイントへ、例えば160km/hといったスピードで飛び込んでいく

んです。

恐怖を感じないわけがない。

前出のセリフを口にしたトップレーサーもきっとそうだったんだと思います。

NHKスペシャルで取り上げられていたトップレーサーもその恐怖と戦い続けているということを、具

体的なデータを元に示してくれました。

これは想像を絶する戦いだと改めて理解させてもらいました。

自分で自分をクレイジーだと理解している瞬間がある。

なんとなくホッとさせてもらえる気もしました。

そしてこの疑似体験を忘れないように、アルペン種目のプロローグを飾るダウンヒルを楽しみに待って

います。

もちろん他の種目も見ますけど(笑。

待ち遠しい♪



posted by papacchi at 21:07| Comment(0) | 3.モータースポーツと教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月27日

モータースポーツ&電動レーシングカート 子供と大人

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最近思うことがある。

つまらないことだけど。

大人になったら「・・・」になりたい。

そんなセリフを良く耳にしてきたし、自分でも口にしてきた。

最近子供達の口からも、しばしばそういうセリフを聞くようになった。

夢を持ってくれて嬉しいと思う。

でも、冷たいようだけど、大人になってから「・・・」に成れるっていうモンじゃない。

子供のうちに「・・・」に成っていないと、大人に成ってから「・・・」としてのレベルを高めるには遅すぎるとは言わないが、相当苦労する。

子供のうちから金銭を得るという意味ではなく、プロフェッショナルなスキルに届いておこうという意味だ。

レーシングカートに乗っているから、大人に成ったらFポンやF1のドライバーになりたい。

僕でさえ、子供ではなかったけれど、社会人になってモータースポーツを少しかじり始めた頃はそんな夢を頭の隅には思い描いていた。

でも、大人に成ってからなりたいモノになるんでは無くって、大人に成った時には既にそうなっているって言う成長の仕方を早く自覚した方が良かったと思っている。

思い立ったが吉日というのも変だけど、「・・・」に成りたいと思ったら、その瞬間からそのためのスキルを時々刻々、毎日毎日、高めていく必要があるってこと。

サラリーマンをしている僕が何を偉そうに・・・というような話題なんだけど、しかもこんなに歳を取ってから夢へ再起を賭けている僕でさえあるんだけど、日常の生活でも意外とそう感じることが多い。

僕は小学校に入った直後くらいから自作のマンガを描き始めた。

友達が描いていたのを見て、「マンガって自分で描いてもいいんだ・・・。」という、ある種のカルチャーショックを受けたのがきっかけ。

結局、大学院のマスター入学直後まで描き続けていて、大学の頃は小さな雑誌に連載して原稿料も貰っていた。

そのスキル、実は全く関係ないと思っていた今の勤め先で思わぬところで活躍することがある。

人に説明するのに、「ビジュアル」なプレゼンテーションはもの凄く理解力を高めてもらえるからだ。

何年か前にテレビでも取り上げられた、研究開発品のコンセプトデザインを起案したことがあるが、そのときに描いたイラストは学会誌にも掲載された。

その絵があって、実際に試作イメージがまとまり、現物が出来た。

もちろん、絵が無くても出来たとも思ってるけど。

ただし、「マニアック!」とはやし立てられるようなインパクトは無かったかもしれないし、社内で開発GO!サインが出るのが遅れた可能性は極めて高かった。

マンガは誰に習ったのでもなく、とにかくうまいと言われる奴が出てくると、そいつよりさらにうまくなろうと、時間を惜しんで毎日描き続けた。

絵描きになろうと思っていたわけでも無いし、イラストレーターや漫画家になろうと思ったことも無い。

小学生の6年間で、「絵」だと言ってもらえたのは6年生になってから。

ただし、「絵」だと言われたその作品以降は、描くたびに学校代表で展覧会などに持ち出されていった。

自ら投稿し始めたのが中学に入ってから。

褒められても、入選しても別にはしゃぐ程嬉しくはなかった。

それより、目が肥えて、あの絵を超えたい、この絵を超えたい、とそんなことばかり考えていた。

でも、大学院に進学すると決めたときに、キッパリ編集部に引退表明した。

ファンレターも頂いてたので、申し訳なかったことだけは記憶してる。

大学側も就職先としてデザイナーを募集している企業を見つけてきてくれたり、海外留学させてくれるという企業との面談までセッティングしてくれた。

でも、「レーシングカーに関わる仕事をしたいんです。」と、教授たちを唖然とさせて、大学院への進学を選んだ。

そのわりに、マスター修了を控えた頃、「総合電機メーカーの本社研究所で欲しいって言ってきたぞ。」と教授から伝えられた時、なぜか抵抗するでもなくそのまま進路を決めてしまった。

もちろん就職直後から、レーシングチームのオーディションを受けたりと、再びレーシングカーに関わろうともがく事になるのだけど。

その時はもう、「絵」には全く興味を無くしていた。

実際、今ですらプライベートで「絵」を描かない。

仕事でだって。

スキルがあり、それを生かせるチャンスが来た時に自然と描き始めるだけ。

このスキルは、大人に成ってから身に着けようとしても無理だっただろう。

好きになると、どれもトップになってやろうと思ってしまう悪い癖がある。

好きでも無い仕事に就いてしまったのは、それに疲れていたのかな?

でも、成功するかしないかは別問題で、好きなものをとことん突き詰めていく面白さを放棄しているのは痛感している。

他にも幾つか、ませた子供だったのか、大人より上手くやれる!と自信を持てたものが幾つかある。

でも、目標が低かった。

周囲の大人を負かせて驚かせただけで満足していてはプロフェッショナルには成れない。

常に次のターゲットを見つけ出して打破していく貪欲さが必要だと思う。

生涯、修行。

そういう意味からも、修行をするのは大人に成ってからではなく、子供である今から始めるものだと理解して欲しいなと思っている。

少なくとも自分の子供達にはね。

そして僕も、子供達に期待するのではなく、自分の本音に期待して、楽しみ苦しんで毎日小さな一歩を刻んでいる。

成りたいなら今成れ!

ゴールは成ったものをどれだけ磨き上げるかにあるんだ。

そう、ゴールなんて無いんだ。




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2009年12月28日

モータースポーツ&電動レーシングカート マナー

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ずいぶん昔の話になりますが、私にも喧嘩っ早かった時分があります。

喧嘩そのものは弱かったのですが(笑、何かにつけて腹をたて、突っかかっては一気に逃げる、そんなこと良くやってたような気がします。

取っ組み合いまでは行かないものの、怒鳴りあったり、脅しに行ったりっていうのもありました。

そんなことをしていると、当然、失敗も沢山経験しました。

今考えれば、どれもこれも、ちょっと間を置いて、我慢して居れば良かった様な事ばかりなんですけどね。

はっきり言えば、自分に余裕が無いときに、苛立って、そのままけんか腰になっていました。

何にゆとりを感じるか?それはケースバイケースなのかもしれません。

ただ、喧嘩して得るものはありません。

嫌な自分であることの自己主張がそのまま周囲に喧伝されることと、自分のふがいなさを改めて痛感するだけ。

性善説的に見たとしても、その後の成長のための糧になるかもしれませんが、一度「嫌な奴」のイメージを喧伝したのですから、その償いと成長への到達には迂遠な時間を必要とするマネをしたとしか言えないでしょう。



最近、モータースポーツでも、ブームが激減傾向にある中で、さらにマナーの低下をあちこちで耳にするようになりました。

レーシングカートのサーキットでもご他聞に漏れず・・・という有様だそうです。

もちろん一部の心無い人たちが関わっている話だとは思うのですが、残念でなりません。

もともとモータースポーツは競い合うわけですから、レースで勝負すれば良いのです。

抜き方がどうだ、遅いのに何をちょろちょろやってんだ、・・・。

たわけた話をしているんじゃありません。

その時点で、文句を言う本人がレースできるレベルじゃないってことです。

よほど情けない思いをしたんでしょう。

他人に当たらないとやりきれないくらい。

だったら二度と走らなければ良いじゃないですか。

そんな嫌な思い、もうしなくて済みますよ。

公道でも自動車学校の教習者を邪険に扱う歩行者、ドライバーが数多くいます。

なぜ上達しようとする者を邪魔するのでしょうね。

どんなに遅くとも、必死で追いつこうと努力している、まだまだ進化中のドライバーはあっという間に良いライバルになってくれるはず。

それでも喧嘩したいなら、最後まで喧嘩を続けてF1のワールドチャンピオンになってください。

成れるものならね。

喧嘩を売った以上、それだけの結果を示せば、「官軍」として堂々と胸を張ればいい。

喧嘩を売っておきながら、国内レベルでウロウロしてる中途半端なレベルなら、怒鳴っている自分が「社会のシケイン」になっていると自覚しましょう。

子供でも判ることです。

モータースポーツでも、冷静さを最後まで維持できることが求められます。

問題があるのなら、冷静に、穏やかに、解決に向けて「話し合い」をしましょう。

ね。

されて嫌なことは、他人にはしない。

お互いに、そういう気持ちを大切にしていきましょう。






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2009年11月04日

モータースポーツ&電動レーシングカート 2009年F1GP終了

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 F1GPも今年のレース・カレンダーをすべて終了しました。

 まだビデオに録画をしたままの方も多いでしょうから、結果については触れません。

 それよりもニュースで流れているブリヂストン、トヨタの話題は、そろそろだろうな・・・とは思っていたものの、「やっぱりか・・・」という思いは拭えませんでした。

 様々な思惑が交錯したと思います。

 当事者でなければ判らないことばかりなのでしょう。

 いずれにしても私の視線は既に来シーズンの開幕戦に合わせてあります。

 今年は大変良いレースが多かった、久々に豊作の年でもありました。

 来年も、数多くの芽が大きな花を開かせる年になって欲しいものです。

 昨日は文化の日ということもあり、NHKで全日本剣道選手権が放映されました。

 私は「タイム」という明らかな判定基準が無いスポーツにはほとんど興味がありません。

 また、ゴルフなど、自分でするのは好きだけれど見る側に立つのは嫌いというスポーツも少なくありません。

 そんな中で、数少ない「見るだけに留めて楽しむ」種目として「剣道」があります。

 別に剣道の経験があるわけでもなんですが、学生の頃にたまたまテレビで全日本剣道を見てから、「凄い世界がある・・・」と。

 全放映を見ていて、リアルタイムで技が決まったと「眼」で追えた勝負は半分も無いかもしれません。

 剣先の動きなど、審判は良く見えているなと。

 静と動の境界線がおそろしく短い。

 瞬きすら許されないほど。

 しかも、剣道のルールは剣先が相手の所定の部位に当たっただけでは「技が決まった」とは認められない、ある種の精神性を求めています(国際ルールでは少し違うようですが・・・)。

 久しぶりに心地良い時間を過ごさせてもらうとともに、世界一の技を数多く観戦させてもらいました。

 この剣道、スポンサーが付いていないという信じられないバックボーンの中で活動していると聞いています。

 ほとんどの費用を自分が持ち出しで用意する。協会が意図的にそうしているのか、詳しいところまでは判りません。

 ただ、延々と長い歴史を維持し続け、優秀な後継者が次々と輩出されています。

 モータースポーツは破格のコストを要求するスポーツです。

 ですが、金が無いからレースが出来ないというのは言い訳でしかないと、多くのプロ・レーサーが繰り返し言い続けています。

 もちろん、本当に全く資金がなければどうにもならないでしょう。

 ですが、恵まれたチーム、ドライバーだけがモータースポーツを続けているわけではありません。

 好きなものだからこそ、頂点に立ってみたいからこそ、数多くの課題をクリアして、ある時は手弁当で、ある時は食うや食わずで、モータースポーツの歴史も築き上げられて来ました。

 まだ数年、モータースポーツを取り巻く状況は混沌とし続けます。

 ビジネスとしての影響力を受けすぎた結果なのかもしれませんが・・・。

 自動車産業のHEV、EVの動向とのリンケージもどのようになるかはまだまだ不透明。

 ただ、その中でも世界トップレベルのレースを繰り広げてくれる人々を、私は見守って行きたいと思います。

 もちろん、いつかはその中に飛び込むという決意も持ち続けて。

 来年の剣道も楽しみにしています。

 想像を絶する苦労が数多くあると思いますが、世界一の剣道を更に極めて行って頂きたいと祈念しています。




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2009年10月11日

モータースポーツ&電動レーシングカート 一般的な運転術(ドラテク)

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免許を取得してから初めて公道でクルマを走らせ始めた頃や、ドライビング・テクニックを少しでも意識し始めると、無意識に自分の運転のしかたを振り返るようになると思います。

私は中学生くらいの頃に星野一義さんのドライビング・テクニック本を手に入れてから、数多くのドラテク本を手にとってきました。

遊園地のゴーカートくらいしか乗る機会の無かった私が、ドラテク本です。

まあ、早熟というか(笑、本当にクルマに憧れていましたね。

車の免許を取得してすぐに取り組んだのは「ヒール&トゥ」でした。およそ使い物になったのは1ヶ月くらい経ってからでしょうか。

20歳の年で、もちろん自分のクルマは持っていませんから、父親の車を週末1時間だけ借りて近所の空き地で遊んでいました。

住宅や駐車してある車の間を、えらい勢いで自分のクルマが縫って走っているのを見て、父親が飛んできて怒鳴られたこともあります(笑。

それからクルマの操作方法、車の応答、反応を知るのが楽しくてたまらなくなって行きました。

誰もクルマの運転なんか教えてくれる環境はありませんでしたから、そのぶん自由に色々試せたのかもしれません。

唯一の情報誌「AUTOSPORT誌」を何度も繰り返し読み返すだけではもの足らず、ドラテク本もさらに読み漁っては試していました。

大学時代に流行りはじめたベストモータリングのビデオテープも随分参考になりましたね。

その中でも特に難しく、今でもやっておいて良かったと思う技術が、ハイスピードでコーナーに進入してコーナーの途中でクルマをきっちり止める技術。

これはレーシングドライブだけでなく公道を走る際のバックマージンとしても、今でも役立ってくれています。

他に速いうちにやっておいて良かったとおもうのは、サイドブレーキを使ったスピンターンやパニックブレーキングですね。

雪道やダート路でサイドブレーキを使い、クルマの向きを好きなように変えるのは楽しいだけでなく、呼吸する感覚で自然に手を伸ばせる操作系になってくれました。

また、パニックブレーキは今でも初めてのクルマに乗ったときに必ず最初に試す習慣になっています。

人やクルマがいないストレートで比較的速いスピード(大っぴらには言えないので具体的な数字は内緒)からブレーキロックさせる。クルマの姿勢変化を観察しながら、ブレーキを抜いたときにどうなるかも観察する。

パニックブレーキは「ブレーキロック」させたあと、ブレーキペダルから自在に足を離せて初めて役に立ちます。普段のブレーキも同じなんですが。

特に目の前で事故、あるいは緊急事態が起きているような緊張状態でブレーキを踏んだ場合、そのブレーキから足を離すなんて、実際にその場に居たら容易ではないでしょう。

簡単な実験をしてみるとその難しさが判って頂けるかもしれません。

左足でブレーキペダルを踏んだことが無い方だとすぐに試せます。

人やクルマが来ない広い場所で、普通のスピードで走ってみましょう。

路上のマークを目標に、左足でピッタリとクルマを止めてみてください。

いつも右足でブレーキを踏むタイミングで行うことがポイント。

もちろん、最後はゆっくりと左足の踏力を抜いて、クルマの姿勢を静かに戻してくださいね。いつも右足でブレーキを踏む時にしていることをするだけです。

スムーズに停められましたか?

これがパニックブレーキを模擬的に試す方法です。

気持ちと裏腹に、どんどん左足でブレーキペダルを強く踏んでしまった人が多いんじゃないかな?

これだけ落ち着いてやっていても、意外と自分の足って言うことを聞かなくなるもんですよね。

もっとはっきりと体験したければ、同じく左足ブレーキで、交差点で目の前に止まっている車の後ろにあなたのクルマをぴたりと止めてみることを想像するといいでしょう。ただし、左足ブレーキで右足と同じ程度に操作できない方は、実際にはやらない方がいいですよ。追突するか、追突されるかのどちらかの可能性が極めて高くなりますから。

さて、今年リリースされた「ミハエル・クルムのレーシング「超」運転術」を手に入れて読んでみました。

なかなか良くまとめられています。特に皆さんにも参考にして欲しい点が数点取り上げられていました。

タイムアタックだけでなく、一般公道でも安全性を高めたドライブをするのにぜひ役立てて欲しい点です。

目の使い方と見方、トレイル・ブレーキング、運転に対する自らの責任意識の持ち方、これらは特に参考にして欲しい点です。

また、レーシングドライブ中にタイムを削るのに一番効果的な方法は何か。これも、グラフを用いて非常に説得力のある説明をしてくれています。

ついでに、私がこれまでに多大な影響を受けたドラテク本を3冊だけ紹介しておきます。

レーシングドライブ、公道での安全ドライブの双方に本質的に絶対欠かしてはならない「考え方」を教えてくれる良書です。

1)ポール フレール氏の新ハイスピード・ドライビング

2)ケニー・ロバーツ RIDE TO WIN

3)中島悟の交通危機管理術

ちなみに、レーシングカートのドライブに関しては、李 好彦氏のドラテク本が非常に参考になります。

ドラテクは自分で身に着けなければ役に立ちませんが、ベテランドライバーの「考え方」からヒントを得ることは多くのドライバーさん達に「怠ることなく定期的に」続けて欲しい取り組みの一つです。

また、交通事故のニュースを積極的に見るとともに、自分の身に置き換えて、どうすれば良かったのだろうか?と自分なりの答えを出すトレーニングを絶えず続けて欲しいと思います。



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2009年10月05日

モータースポーツ&電動レーシングカート モータースポーツ・ビジネス

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ビジネスとして成功しているスポーツは決して多くないと感じる。
モータースポーツもご他聞に漏れず、最近のF1ですら苦しい台所事情を抱えている。
どんなスポーツも世界クラスになると、日常をはるかに超越した瞬間がそこにある。
が、それがあまりにも超越しすぎていると、映像だけで訴えかけられてもピンと来ない。
例えば剣道。
私は剣道経験は無いが、全日本の試合は好んで見る。
格闘技や武道は基本的に興味は無いのだが、この剣道は映像によって魅了されたスポーツの一つだ。
テレビ映像では正直に言って「技が決まった」のかどうか、私の目では半分も見分けることが出来ない。
それがスロー映像で見ると、鮮やかな技が決まっている。
剣道を間近で見ることが出来たら、もっと違う世界観を体感できるのだろう。
だが、テレビで「スピード」に着目した映像を見せてもらえることで、大好きな「スピード」の世界を体験させてもらうことが出来る。
これはメディアの「報じ方」の問題でもあるだろうが、関連団体のPRの仕方でもあると思う。
実際、剣道は極めて閉鎖的な運営をしていると感じている。
非難しているわけではない。
剣道のルールを見るとわかるが、その精神性が剣道の真髄にある。
これを映像で表現することはあまりにも難しい。
一方で、剣道は世界にも普及を始め、既に日本選手の多くが勝てない時代になっているという。
しかも、全日本トップクラスの選手達はほとんど自費で活動を続けているそうだ。
スポンサーなどいない。
この点、柔道は剣道と違うビジネス成長を遂げている。
モータースポーツも「同じ場所を何度もぐるぐる回っているだけ。」と言ってしまえばそれまで。
何が凄いのか?
普段の生活で乗り慣れているはずの自動車であるからこそ、ますます凄さが伝わってこないのかもしれない。
スピードが速いクルマであり、そのスピードを出してコントロールできるドライバー同士の競争だという事も判っては貰えている。
だが、「そういうスピードで戦えるクルマだから・・・。」そういう理解がされているのも否めないだろう。
マシンは凄いけど・・・、競技としてはどうなの?
この点がアピール出来ていないのではないだろうか?
レーシングスピードを自分のドライブで経験した人には、TV映像からでも数多くの情報、イマジネーションを得ることが出来る。
が、そうでない人には見た映像と音声情報しか伝わって来ないのだ。
EVレーシング・カート、折りたたみレーシング・カートを普及させたい、そう思っている私はその「共感」出来る何かを伝えるためのアイデアも考えなければならないことにようやく気付いた気がする。
何をすれば良いのかは判らない。
だが、D1のような視覚的なバトル、motoGPのような実感しやすいバトル、そういった見せ方だけではまだ不足なのかもしれない。もちろん、入場料の高すぎるF1よりは見に行きやすく、しかも判りやすい点で、ビジネス的にはすばらしいアイデアだと思う。
F1も「世界最速」でこれまでは商売になった。
だが、コンストラクター、ドライバー、その他モータースポーツに関わる多くのスタッフのずば抜けた技術、アクションをもっとPRできるアイデアがあるはずだと思う。
モータースポーツはもっと成功して良いスポーツだと思っている。


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2009年09月23日

モータースポーツ&電動レーシングカート モータースポーツにとってのキャッチボール

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1987年にフジテレビがF1GPの全戦放映を開始してから、日本でもF1、モータースポーツへの関心が一気に高まった。

が、残念なことにその関心は確実に薄らいで来ている。

私がF1に関心を持ったのは、中学1年生の時に書店で何気なく手に取ったAUTOSPORT誌がきっかけだった。

小学生の頃はアルペンスキーに夢中で、将来はヨーロッパでレースエントリーしたいと思っていたが、公務員の父親の転勤で、スキーにさほど力を入れていない地域に転校。

必然的にスキーのレースから遠ざかるようになるのだが、ちょうど時を同じくして、アルペンスキーよりも強烈な世界があることを知ったわけだ。

その時期は多分、1978年頃だったと思う。

仕入れられる情報はすべてAUTOSPORT誌。モータースポーツの全カテゴリーを網羅していた同誌は、モータースポーツ・ファン初心者にとっては宝箱のようなものだった。

そしてすぐにレーシングカートの存在を知る。自分の年齢で本格的にレースが出来る世界がある。これは驚きでもあり、ぜひとも飛び込んでみたいと思わせてくれた。

だが、その環境が身近には無いことをすぐに知った。片道300km以上もある場所に辛うじてサーキットの存在を見出したが、マシンの購入、毎週のサーキット通いなど、とうてい叶えられるものではなかった。

その後、エンジニアとしてならモータースポーツに関われるかもしれないという漠然とした思いを持ちながら、たいした勉強もすることも無く、地元の国立大学にある流体工学研究室へと進学。結局、大学と会社のコネで今の会社へのルートが作られていった。

モータースポーツへの再接近は大学在学中にA級ライセンスを取得した時だった。

オンボロの中古車や、父親から譲り受けたファミリーセダンを乗り継いで、毎晩のように一人でダート路や雪道、峠道を走り回っていた。

安くサーキットを走れないか?と思っていたところへA級ライセンス取得の合宿が催されることを知り、残っていたバイト代数万を振り込んだ記憶がある。

サーキットでは本格的なレースをするわけではなかったが、90馬力程度のFFファミリーセダンがポルシェをコーナー進入で堂々と追い抜ける面白さは、ここで初めて体験できたことだ。もちろんポルシェのオーナーはライセンスを取得したいだけだから、高価な愛車をぶつけられたくなくて道を譲っただけだったろうが。

ただ、合宿中に知り合ったおじさん、お兄さん連中に妙なおだてられ方をして面白いことに気付いた。
「速いクルマに乗せてあげたいねぇ・・・。コーナーなんか、後輪を浮かせて走ってたよ、お兄さん。」
ダート路で馬鹿みたいに繰り返していたドリフト走行ではなく、シートベルトが肉に食い込んでくるようなハードブレーキを平気で楽しめるサーキットの面白さに気付いたのだ。

その後は残念ながらサーキット走行する機会には恵まれなかったが、夜中の暴走行為を聞きつけて横に乗りたいと申し出てくる奇特な輩が研究室を訪れるようになった。
近所のダート路に連れて行って、解説しながら走ってあげると、ほとんどが車酔いをしてくれた。
「意外と走れるのかも・・・。」
その頃から、興味はエンジニアリングではなくドライビングに戻っていた。

ほとんど無試験で大手電機メーカーの本社研究所への就職が内定、数年で辞めてレースに専念しやろうと勤務を始め、同時にFJ1600のオーディションを受けるようになった。マカオF3優勝、F1GPへステップアップがシナリオだった。

が、その夢は1年目であっさり途切れた。金がない・・・。そんな理由で諦めた。そう、大して働かなくても潤沢なサラリーが手元に毎月入ってくる生活に安寧した。
数年経って、再び病気が再燃した。
その頃はゴルフ・ファンに転向して、飛ばしに夢中になっていた。面白いことに、ゴルフは一向に上手くならないが、練習場プロと呼ばれるのにはそう時間はかからなかった。しかし、ゲームにならない以上、センスが無いとしか思えない。スキー、クルマは練習すればその日にマスターした。ゴルフは違った。

やはりクルマか・・・。
レーシングカートを中古で購入して、週末はショップのクラブ員として朝から夕方まで走りまくった。クラブのビギナーカテゴリーでタイム自体はすぐにトップレベルになったが、とにかくマシンが壊れた。レーシングカートなのに、毎週数万円が飛んでいく。レースに参加するには切り捨てるものが必要だったが、切り捨てられたのはレーシングカートそのものだけだった。結婚を控えていた私には、モータースポーツへの接点はここで切れた。

スピード大好きな私だったし、自分が参加したいほどモータースポーツ大好きな私だったが、結局今ではF1などのテレビ放映をのんびりと眺めるだけ。

こんな事情を振り返り、下降線を辿っているモータースポーツへ多くの人の視線を集め、実際にその面白さを目や耳だけでなく、体全体で楽しんでもらうことの難しさを改めて痛感している。

北海道で育った私にとって、横浜で育っている私の子供達の姿は恐ろしいほど異質だ。
外で遊ばない。
私が誘えば付いて来て、大喜びで遊ぶ。しかし、友達と誘い合わせて遊びに行く機会は週に数度あるかどうからしい。
遊びたくても、遊び相手も忙しいらしい。もちろん、本人一人でも外で遊ぶという意志も持ちあわせていないらしい。
驚いたのは、自転車を楽しい玩具には感じていないという点だ。そもそも乗りたいと言い出したのも去年くらいだったと思う。
子供にもそれぞれ趣味嗜好があるし、時代や環境によって興味が異なってしまうのは仕方ないことなのだろう。

子供の友人達の話を聞いても、モータースポーツに興味を持っている子は少ないらしい。一番人気はやはりサッカーのようだ。

ただ、電動ポケバイをこっそり公園の駐車場に持ち込み、子供に貸し与えた時、明らかに自転車やキャッチボール、ローラーブレードやスケボー、スキーなどとは反応が違った。

スロットルを捻るだけで動いてくれるのだ。これほど楽なものはない。そして、そのスピード感。自転車では絶対に出さなかったスピードを、息子は電動ポケバイで楽しんでいた。

潜在的に、動力付きの乗り物は魅力を持っているらしい。
モータースポーツにその魅力が直結するかと言えば怪しいところだが、自由に乗り回す機会を経ずしてモータースポーツの面白さを判断せざるを得ない現状は残念でならない。

電動ポケバイにはたった一度しか乗せてやれなかったが、その後も何度か「次はいつ乗れるの?」と言う、思いがけない質問を返してくれた。
テレビのレースには相変わらず興味を持たない息子だが、自分で操作する面白さは記憶に残ったようだ。
だからこそ、チャンスを与えられないことに不甲斐なさを感じている。

ポケバイコースや、カートコースに連れて行くのはまだハードルが高いらしい。本人が嫌がる。だが、広い空き地があって、とにかく玩具にして走る。そういう所から始めたいらしい。
野球で言えばキャッチボール、サッカーで言えばボールの追いかけっこ、そういうった入り口をモータースポーツの場合は用意していない。

好きになるかどうか判らないままスクールやクラブに放り込んだり、いきなりサーキットでは、よほど活発な子供達でなければ意気消沈する可能性も少なくない。

少しずつ自信を付けさせ、自発的に次のレベルへステップアップさせるには、モータースポーツの「キャッチボール」を手軽に楽しめる機会が必要だと考えている。





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2008年07月07日

モータースポーツ&電動レーシングカート 責任とは

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 「モータースポーツ」と聞くと、事故が起きた時の責任はどうするんだ?と言う方向に論点が集中することがあります。

 特にジュニアやキッズが搭乗する場合には、彼らに対する「保護責任」と彼らが巻き込むかもしれない周囲に対する「責任」が話題になります。



 最近、メディアでも成人を18歳とするか、20歳とするかが話題になっていますね。

 成人と責任を同一視するつもりもありませんが、この年齢論議は正直なところナンセンスだと感じています。

 

 さて、責任でしたね。

 もし私たち大人が交通事故を起こした時、どのように責任を果たせるのでしょう?

 あなたが被害者の立場に多って考えてみると、責任を果たしてもらえたと思えるのはどのようなことなんでしょう?

 社会通念に従った損害賠償を提示してくれれば「責任を果たしてもらえた」と思えますか?

 

 「責任」とは約束を守ること。

 誤りを償うことではありません。

 責任を果たさなかった故に誤りが生じ、それを償うのが損害賠償。

 私はそう捉えています。



 すると、先のジュニアやキッズがモータースポーツに関わる際に問われる「責任」とは

 1)保護責任者(ご両親)がお子さんにルールをしっかり理解させること、

 2)お子さんがルールを守ること、

 この2つだと言えます。



 モータースポーツに限った話ではないですね。

 「重過失」がなければ、サーキットや試走専用のスペースで生じる事故やトラブルは、練習不足などからありえるものばかりです。

 問うべきは先の2点の責任と、その責任を怠った場合の「重過失」に対する賠償だけでしょう。

 賠償内容も事前に明確化しておけば、「賠償責任」として3つ目の責任が明文化できるはずです。



 最近、スキー場で転倒して骨折し、スキー場を訴えるスキーヤーが居るとか。ゲレンデの除雪が行き届いていないことなどを理由に損害賠償請求をしたと言う話しも聞いたことがあります。

 私が怠けていてその決着までは調べていないのですが、主観的に言わせて頂ければ、訴えるべき相手は「地球」の方が良かったのでは無いでしょうか。まあ日本国の民法では私人、法人しか被告に出来ませんけどね。

 

 悪意や重過失を伴って、原告に対して被害を与えたということなら、原告を応援したいと思いますが・・・。違いますよね。



 サーキットが濡れていた、コース上に異物が落ちていた、・・・。

 そんなことはドライバーが常に注意を払っていなければならない、あたりまえのリスク管理です。

 極端なケースでは、コース上にレーシングカートから振り落とされたドライバーが横たわっていた事すらあります。

 

 お互いの安全を尊重しながら、ベストを尽くしてタイムを競うのがモータースポーツ。

 事故を起こさないように細心の注意を払うのが「責任」。

 

 大人であっても、事故が起きてしまったら「責任」を果たせなかったことになります。

 「責任」論を振りかざす前に、走行毎に「より安全に楽しむために何が出来るか」、それを考えましょう。

 

 そうそう、先の18歳成人説、20歳成人説ですが、「自己申告制」で充分だと思っています。

 8歳でも「私は大人です」と申請すれば、以降は社会責任を果たしてもらいましょう。

 40歳になっても「まだ子どもです」と申請するなら、常に保護管理下に居てもらいましょう。

 きっと、損害賠償に対する金銭的な保障力、無知なものを保護するべしとする見下したものの見方が「成人年齢に関する議論」を迂遠に引き伸ばしていると思います。

 そして、責任を果たせなかった場合には「大人」たる「責任能力の欠陥=嘘つき」の判定を下して、あらためて自己成長に努力してもらいましょう。



 ちなみに、損害賠償に関する問題ですが、大人も子どもも区別なく、過失以外の犯罪やルール違反をした者には相応の償いを要求すべきだと思います。

 死刑や終身投獄(日本には無いんですよね)なども、被害当事者が「償い」と感じるのであれば実施しても良いのではないかと。ただし、そういった罰則規定がルールとして存在するならね。



 約束を守ろう。守る努力を続けよう。

 まずは、これをしっかりと実践しませんか?



 

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2008年07月04日

モータースポーツ&電動レーシングカート 理科教育、そして、ゆとり教育の終焉

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 僕はこれでもエンジニアなんですね。電機メーカーで機械工学を中心にシステム開発を主体とした研究を行っているわけです。


 ですが、教科書を読むのが大嫌い。理論式も見る気なし。


 会社に入って一番読んだ本は、実践ビジネス書と司法試験の教科書です。次に歴史書ですかね。


 会社での得意技はトラブルシュート。


 動作不良になった装置の不具合原因の特定、設計どおりに動作しない箇所の改良です。


 もちろん、会議では仕様書や理論式が飛び交いますから、お付き合いできる程度の知識はありますよ(笑。


 でも、そんな議論でトラブルが解決するなんて、よほど初歩的なミスでなければ、1〜2割くらいでしょう。


 トラブルなんて、単現象で起きることの方が珍しいくらいですから。


 だから、僕は「さっそく装置で遊んで見よう!」と言うのが口癖。


 たいがい原因は、装置に様々な動作をさせることで絞り込めます。


 ただ、僕が会社で扱っている装置はサブナノメーターの位置制御、光学検出を行う装置ですので、測定器が無いと現象を目の当たりに出来ないのが不便ですけどね。


 さてさて、本サイトでは電動レーシングカートの開発を進めているわけですが、あまり計算式について論じていません。


 いずれ少しは整理しようと思っていますが、基本的には「試して見る」を主体に進めていきます。


 それは、本を読んで頭で理解する方法は、同じ時間を費やしても得られる情報量が少ないからです。


 


 最近は小学3年生まで理科教育が無いんですが、それよりも理科教育の内容にはもう少し期待したいことがあります。


 現象を体感してから理論を示す。理論といってもイメージで充分でしょう。


 体感する理科ですね。


 TVなどで著名な米村伝治郎さんが非常によい理科教育の姿を提起されています。


 発明においても「結果のあとに理論をこじつける」発想が合理的だと、若いエンジニアに向けてよくアドバイスされます。


 科学とは自然現象を自分や社会に役立てる行為です。


 理論を講釈するために、あるいは本にまとめる為の物ではありません。


 見たことも無い不思議な現象や、日頃「不思議だな」と気付いている現象を体感しながら、イメージでその理論を理解してもらうことが理科教育の柱になれば良いと思っています。


 その先は、子ども達個々の「必要性」に応じて深く学ぶか、そこまでにするかを決めさせれば良いでしょう。


 現象と理論的イメージがあれば、必要となったときにあらためて詳しく調べることは可能なのですから。


 どれだけ不思議な現象を経験したかが「子ども達の幅」を広げる。今は映像でしか認知する機会が得られない子ども達が多いのですから。


 


 私の仕事の進め方もまさにこれです。どんな現象が出てくるのか?徹底的に現象を出し尽くして、そのあといくつかの理論イメージを仮定し、それぞれに適した対策を施して結果を得る。


 上手く行った対策が正解です。正解はこれだ!と対策を施してもまず成功することはありません。


 


 ところで、ゆとり教育の実質的失敗の宣言と、かつての受験戦争時代のカリキュラム復活が国政として議論されているようです。


 失敗の宣言はまあ聞いておいても良いかなと。ただ、失敗したのは学校ではなく家庭教育です。


 親が子どもに学ぶ(いたずらをする)環境を与えなかった。


 学校はいたずらに真摯な姿勢を示しすぎたため、教育は全て学校の責任だと多くの関係者が錯覚した。結果、「体罰」なるあいまいな定義まで生み出して、指導現場を混乱させた。


 と、考えています。


 ただ、今さら昔の教育カリキュラムを復活させるのは明らかに間違えていると思っています。


 円周率を3⇒3.14にすることに何の意味があるのでしょうか?授業時間を増やすことに何の意味があるのでしょうか?


 それよりも、危機感を感じるほど「大きく欠落しているもの」があるじゃないですか。


 「人生を全うする」ためのカリキュラムです。


 今どれだけの大人が生き抜く方法に迷っていると思いますか?


 9割以上の大人はリタイアした先の人生のことを実感を持って理解できていません。


 貯蓄と年金で安心して残りの人生を生き抜いて行けると信じているのでしょうか?


 その根拠はなんでしょうか?


 自信を持って答えられる大人がどれだけ居るでしょう?


 そして、そんな「生きる術を曖昧にしか理解できていない大人」の二の舞を「今の子ども達」に「正しい生き方」として教え続ける気なのでしょうか?


 大人、子どもといった区別もそろそろ取り払わなければいけない時期でしょう。


 そして、若い世代の人たちが「自分で生きる」ことが出来る力を養う教育を、最優先課題として取り入れて欲しいと思います。


 もちろん、そんな教育は「理論自体が無い」のですから、先ほど言った通りにするしかありません。


 カリキュラムとして「お金の稼ぎ方、活かし方、自分は何のために寿命を全うするのか」を体当たりで実践するということです。生徒個々に全く異なった答えが出てくるでしょう。そして、教師もいっしょに学ぶ。教えようとするのではない教育です。ここで言う教師とは学校の先生だけではなく、いえ、ご両親の方が重要な役割を担うんですよ。そして教師自身が悩み苦しむ姿を生徒達に包み隠さず見せ、時にはいっしょに考えるんです。


 それこそが、「みんなが主役」になれる社会の礎になっていくものと信じています。


 


 




posted by papacchi at 23:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 3.モータースポーツと教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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