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2011年11月10日

モータースポーツ&電動レーシングカート モータースポーツが育つ土壌


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モータースポーツが古くから定着して普及している土壌についてぼんやりと考えてみた。

かつての、いや、未だ一部には残っているが、国威発揚(高揚)を目指した普及活動と一線を画して、欧米では個々人がスポーツに対する文化的な必要性を求めているように思う。

ただ、その理由を考える場合、農耕民族、狩猟民族といった表現で、スポーツ普及の地球的な分布を論じられるほど単純ではないと思う。

たしかに、GAモータースポーツE(狩猟)を歴史的本能として染み込ませて来た欧米人は、その代替にスポーツを同じく本能的に渇望しているようにも感じることはある。

加えて経済的発展がその実現を可能にしたのかもしれない。

狩猟民族であればアフリカ大陸にも見出すことが出来るだろうし、日本であっても、農耕技術より狩猟技術が先行した河岸地域や山間地域を見出せる。

しかし、それがスポーツの普及に貢献しているかというと、現状では結果を示せていない。

戦争が盛んだった国が、国家的成熟を迎えてスポーツに志向したと言う見方もありうるが、これとて全てに当てはまるものではないだろう。

ただ、スポーツを商業的損得と関わり無く生活の一部として取り入れてきた歴史は、未だに他の国々に比して長く、深く、強いものだと感じる。

しかも、そこに取り入れられてきたスポーツの種類は幅広く、しかも、そのスポーツそのものを常に自ら生み出そうとする意思が常に背景として存在しているように感じる。

そのうえ、それらスポーツはいかにマイナーであろうと、決して低レベルに留まるわけではない。

少数のファンの中で育まれながら、始めて見る者を驚愕させるような、人間ワザとは思えない離れ業まで生み出してしまう。

モータースポーツはそんな土壌の中で、当初から多くの人々の羨望も集める、スポーツ産業革命の一翼を担ってきたと思う。

モータースポーツは自動車やモーターサイクル、飛行機等々といった、当時も今も、誰もが容易に手に入れられない「特別なマシーン」を駆使するスポーツである。

確かに草創期に比べ、現代は低コスト・モータースポーツも存在するが、そこにはモータースポーツへの憧れの歴史が生み出した新しい派生物も数知れない。

だから、草創期の頃などといったら、実際のプレーヤーは本当に限られた人々であって、それ以外は「興味」と「憧れ」を胸に秘めてコースサイドに集まった観衆であり、今のモータースポーツと見た目は何ら変わらなかったものと思う。

しかし、近代的な現在のモータースポーツよりも、当時のモータースポーツは「冒険家」的なモータースポーツだったと想像する。

そもそも自動車の歴史が2011年時点で125年。

自動車を動かす技術が結実しただけでも想像を絶するような出来事だったろうから、その自動車の限界性能を引き出すことは、飛行機の開発史の中で「音速の壁」を越えるようなチャレンジを常態的に続けてきたのと遜色無かっただろうと思う。

当然にして「命がけ」のレースが行われざるを得なかった。

誰も何がどうなるかなど判らず、毎コーナーごとに手探りで答えを探し続けていたようなものだろう。

残念ながら「冒険家のモータースポーツ」時代には、多くの名ドライバーが輩出されると同時に、多くの名ドライバーを失ってきた。

しかし、モータースポーツは決してその存在を否定されることは無かった。

少し古い話になるが、モータースポーツの歴史に大きく貢献して来た英国であるにも拘らず、「ボクシング」を医学的にスポーツとして認めないとする声明が出され、ボクシング廃止運動が熱を帯びたことがある。

日本人から見れば、「何でもあり」の欧米が・・・という驚きも持ったかもしれない。

しかし、それでもモータースポーツは「安全向上」も命題に取り込んで、さらに最速を目指しながら発展を続けてきた。

もちろん、欧米の人々の多くがそれを認めたからこそ続けて来れたのだと思う。

日本では「モータースポーツ=同じ所をグルグル回るスポーツ」と言い切る方も少なくないが、パリダカをはじめ、エクストリームなモータースポーツは未だに数多くある。

モータースポーツと言っても、私など考えも及ばないような少数派モータースポーツが今も芽生え、そこで究極のゴールを目指し始めている。

これを可能にしたのは、やはり欧米の土壌にある「特別なミネラル」なのかも知れないと思う。

それが何であるかは判らない。

ただ、それが「欧米」にしか根付かないようなものではないと思いたい。

何かがそのミネラルを欧米に留めているだけに過ぎないのだと信じている。

その根拠は。

北海道の田舎の片隅で生まれた私でさえ、46年の生涯の大半をモータースポーツへの羨望を抱えながら生きてきたことに尽きると思う。

だから、国境無きモータースポーツ普及を目指して邁進すれば、結果的に私の身近に、手軽で気軽なモータースポーツ文化がやって来るようになると信じている。




posted by papacchi at 22:30| Comment(0) | 8.活動費 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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