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2011年04月23日

モータースポーツ&電動レーシングカート ハイテクを取り入れた生き甲斐探し


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モータースポーツ・ビジネスとは離れるが、本業の合間にロボット関連の論文を眺めていて面白い論文と出会った。

ロボットと聞くと、まずは「人間を支援するスーパーマシン」的なイメージを想像する。

で、今回出会った論文は・・・というと、「何も出来ないロボット」だった。

ロボットなのに「何も出来ない」を売りにしている?

何を目論んでるのか?

そこが一番興味を惹いた点で、すかさず読んでみた。

なるほどねぇ。

人には生き甲斐が必要。

そして、生き甲斐を感じる大きな場面が「人の役に立てる自分を感じる」時。

根っこになっている考えはこの2つだと読んだ。

そういうコンセプトを元にこの論文は、高齢者向けのロボットを開発して評価を進めていると述べている。

どういうロボットか?

実はこのロボット、誰かに助けてもらわないと何も出来ない「赤ちゃん」ロボットなのだ。

表情、しぐさに「赤ちゃん」のエッセンスを反映しており、「助け」を求めるアピール力を高めたロボットになっている。

高齢者の、真に高齢者となる分岐点は、誰かの役に立っているという気持ちが奪われ、誰かから世話を受けていると感じさせられた時だと、この論文は主張する。

真の高齢者と位置づけられた人たちを、メンタル面からサポートするツールとして、この「赤ちゃん」ロボットが役に立つと言っている。

なるほど。

真の高齢者たる分岐点の考え方は、とても説得力があると思った。

これは高齢者だけでなく、幼稚園児からバリバリのビジネスマンや家庭の主婦まで、誰にでも当てはまることだと思う。

自分のポテンシャルを高めるモチベーションを保てている時。

それはとても自己満足に近く感じるかもしれない。

が、それ以上に、自分の高いポテンシャルが、少なくとも「へえ、そうなんだ!」と人を驚かせたり、感心させたり、時には実際に役立つことも知っている。

だから、「おたく」と言われる私のような?人間でも、ニッチなことかもしれないけれど、自分で充分に満足しつつやり遂げようという気持ちを持ち続けることが出来ていると思う。

本業では振り返ってもらうことが出来なくても、別のフィールドに行けば一目置いて貰える物が一つでもあることは、本当に幸せだと思う。

それがどんなに些細なことでも。

しかし、そう振り返りながらあらためてこの論文を見ると、とても違和感を感じた。

この「赤ちゃん」ロボットが「ありがとう」と言ってくれることが「何」の役に立つのだろう?

「赤ちゃん」ロボットから「ありがとう」と言ってもらった直後に、背後に居た介護士から「よく出来たわね♪」と言われたとしたら?

結局、世話を受けていることを再認識させられることになりはしないだろうか?

まあ、このロボットを開発している研究者にとっては本当に役立つだろうが、このロボットが製品化された暁には「人」の役に立つことはなく、「これ以上周りに面倒をかけないようにトレーニングを続けてね」と言われ続けていることと変わり無いのでは?と感じた。

病的な落ち込みを示した高齢者に「一時的なリハビリ・ツール」として、治療目的で使用するのなら、論文が言う効果は認めても良いと思う。

が、本当に人間らしい高齢者の存在価値を認めるのなら、その先の「生き甲斐作り」のアシスト方法へも視野を広げて研究を進めて行って欲しいなと思った。

人間は高度に思考できる唯一の生物。

出来ない・・・と諦める弱さも兼ね備えているけれど、でも、そんな自分でも出来る事はまだあるはずだ!と考える力は死ぬまで持ち続けている。

それをアシストできる仕組みが、この「赤ちゃん」ロボットを1例としながらも、さまざまに検討されるといいと思う。

高齢者だけでなく、生きている人全員にとって、この「生き甲斐発見」が最大の難問だと思っているから。

このブログを書き始める前に、私にはまだモータースポーツへの夢があったことを気付けたのは救いだと思っている。




posted by papacchi at 20:42| Comment(0) | 8.活動費 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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