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2010年01月27日

モータースポーツ&電動レーシングカート 子供と大人

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最近思うことがある。

つまらないことだけど。

大人になったら「・・・」になりたい。

そんなセリフを良く耳にしてきたし、自分でも口にしてきた。

最近子供達の口からも、しばしばそういうセリフを聞くようになった。

夢を持ってくれて嬉しいと思う。

でも、冷たいようだけど、大人になってから「・・・」に成れるっていうモンじゃない。

子供のうちに「・・・」に成っていないと、大人に成ってから「・・・」としてのレベルを高めるには遅すぎるとは言わないが、相当苦労する。

子供のうちから金銭を得るという意味ではなく、プロフェッショナルなスキルに届いておこうという意味だ。

レーシングカートに乗っているから、大人に成ったらFポンやF1のドライバーになりたい。

僕でさえ、子供ではなかったけれど、社会人になってモータースポーツを少しかじり始めた頃はそんな夢を頭の隅には思い描いていた。

でも、大人に成ってからなりたいモノになるんでは無くって、大人に成った時には既にそうなっているって言う成長の仕方を早く自覚した方が良かったと思っている。

思い立ったが吉日というのも変だけど、「・・・」に成りたいと思ったら、その瞬間からそのためのスキルを時々刻々、毎日毎日、高めていく必要があるってこと。

サラリーマンをしている僕が何を偉そうに・・・というような話題なんだけど、しかもこんなに歳を取ってから夢へ再起を賭けている僕でさえあるんだけど、日常の生活でも意外とそう感じることが多い。

僕は小学校に入った直後くらいから自作のマンガを描き始めた。

友達が描いていたのを見て、「マンガって自分で描いてもいいんだ・・・。」という、ある種のカルチャーショックを受けたのがきっかけ。

結局、大学院のマスター入学直後まで描き続けていて、大学の頃は小さな雑誌に連載して原稿料も貰っていた。

そのスキル、実は全く関係ないと思っていた今の勤め先で思わぬところで活躍することがある。

人に説明するのに、「ビジュアル」なプレゼンテーションはもの凄く理解力を高めてもらえるからだ。

何年か前にテレビでも取り上げられた、研究開発品のコンセプトデザインを起案したことがあるが、そのときに描いたイラストは学会誌にも掲載された。

その絵があって、実際に試作イメージがまとまり、現物が出来た。

もちろん、絵が無くても出来たとも思ってるけど。

ただし、「マニアック!」とはやし立てられるようなインパクトは無かったかもしれないし、社内で開発GO!サインが出るのが遅れた可能性は極めて高かった。

マンガは誰に習ったのでもなく、とにかくうまいと言われる奴が出てくると、そいつよりさらにうまくなろうと、時間を惜しんで毎日描き続けた。

絵描きになろうと思っていたわけでも無いし、イラストレーターや漫画家になろうと思ったことも無い。

小学生の6年間で、「絵」だと言ってもらえたのは6年生になってから。

ただし、「絵」だと言われたその作品以降は、描くたびに学校代表で展覧会などに持ち出されていった。

自ら投稿し始めたのが中学に入ってから。

褒められても、入選しても別にはしゃぐ程嬉しくはなかった。

それより、目が肥えて、あの絵を超えたい、この絵を超えたい、とそんなことばかり考えていた。

でも、大学院に進学すると決めたときに、キッパリ編集部に引退表明した。

ファンレターも頂いてたので、申し訳なかったことだけは記憶してる。

大学側も就職先としてデザイナーを募集している企業を見つけてきてくれたり、海外留学させてくれるという企業との面談までセッティングしてくれた。

でも、「レーシングカーに関わる仕事をしたいんです。」と、教授たちを唖然とさせて、大学院への進学を選んだ。

そのわりに、マスター修了を控えた頃、「総合電機メーカーの本社研究所で欲しいって言ってきたぞ。」と教授から伝えられた時、なぜか抵抗するでもなくそのまま進路を決めてしまった。

もちろん就職直後から、レーシングチームのオーディションを受けたりと、再びレーシングカーに関わろうともがく事になるのだけど。

その時はもう、「絵」には全く興味を無くしていた。

実際、今ですらプライベートで「絵」を描かない。

仕事でだって。

スキルがあり、それを生かせるチャンスが来た時に自然と描き始めるだけ。

このスキルは、大人に成ってから身に着けようとしても無理だっただろう。

好きになると、どれもトップになってやろうと思ってしまう悪い癖がある。

好きでも無い仕事に就いてしまったのは、それに疲れていたのかな?

でも、成功するかしないかは別問題で、好きなものをとことん突き詰めていく面白さを放棄しているのは痛感している。

他にも幾つか、ませた子供だったのか、大人より上手くやれる!と自信を持てたものが幾つかある。

でも、目標が低かった。

周囲の大人を負かせて驚かせただけで満足していてはプロフェッショナルには成れない。

常に次のターゲットを見つけ出して打破していく貪欲さが必要だと思う。

生涯、修行。

そういう意味からも、修行をするのは大人に成ってからではなく、子供である今から始めるものだと理解して欲しいなと思っている。

少なくとも自分の子供達にはね。

そして僕も、子供達に期待するのではなく、自分の本音に期待して、楽しみ苦しんで毎日小さな一歩を刻んでいる。

成りたいなら今成れ!

ゴールは成ったものをどれだけ磨き上げるかにあるんだ。

そう、ゴールなんて無いんだ。




posted by papacchi at 23:31| Comment(0) | 3.モータースポーツと教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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