レンタルカートからフォーミュラまで!走行会でも御馴染み♪
低価格&プロ仕様 マイクロカプセル型GPSロガー「デジスパイス」
[New!!]

2009年09月23日

モータースポーツ&電動レーシングカート モータースポーツにとってのキャッチボール

モータースポーツ"NEXT STAGE" >> トップページへ


1987年にフジテレビがF1GPの全戦放映を開始してから、日本でもF1、モータースポーツへの関心が一気に高まった。

が、残念なことにその関心は確実に薄らいで来ている。

私がF1に関心を持ったのは、中学1年生の時に書店で何気なく手に取ったAUTOSPORT誌がきっかけだった。

小学生の頃はアルペンスキーに夢中で、将来はヨーロッパでレースエントリーしたいと思っていたが、公務員の父親の転勤で、スキーにさほど力を入れていない地域に転校。

必然的にスキーのレースから遠ざかるようになるのだが、ちょうど時を同じくして、アルペンスキーよりも強烈な世界があることを知ったわけだ。

その時期は多分、1978年頃だったと思う。

仕入れられる情報はすべてAUTOSPORT誌。モータースポーツの全カテゴリーを網羅していた同誌は、モータースポーツ・ファン初心者にとっては宝箱のようなものだった。

そしてすぐにレーシングカートの存在を知る。自分の年齢で本格的にレースが出来る世界がある。これは驚きでもあり、ぜひとも飛び込んでみたいと思わせてくれた。

だが、その環境が身近には無いことをすぐに知った。片道300km以上もある場所に辛うじてサーキットの存在を見出したが、マシンの購入、毎週のサーキット通いなど、とうてい叶えられるものではなかった。

その後、エンジニアとしてならモータースポーツに関われるかもしれないという漠然とした思いを持ちながら、たいした勉強もすることも無く、地元の国立大学にある流体工学研究室へと進学。結局、大学と会社のコネで今の会社へのルートが作られていった。

モータースポーツへの再接近は大学在学中にA級ライセンスを取得した時だった。

オンボロの中古車や、父親から譲り受けたファミリーセダンを乗り継いで、毎晩のように一人でダート路や雪道、峠道を走り回っていた。

安くサーキットを走れないか?と思っていたところへA級ライセンス取得の合宿が催されることを知り、残っていたバイト代数万を振り込んだ記憶がある。

サーキットでは本格的なレースをするわけではなかったが、90馬力程度のFFファミリーセダンがポルシェをコーナー進入で堂々と追い抜ける面白さは、ここで初めて体験できたことだ。もちろんポルシェのオーナーはライセンスを取得したいだけだから、高価な愛車をぶつけられたくなくて道を譲っただけだったろうが。

ただ、合宿中に知り合ったおじさん、お兄さん連中に妙なおだてられ方をして面白いことに気付いた。
「速いクルマに乗せてあげたいねぇ・・・。コーナーなんか、後輪を浮かせて走ってたよ、お兄さん。」
ダート路で馬鹿みたいに繰り返していたドリフト走行ではなく、シートベルトが肉に食い込んでくるようなハードブレーキを平気で楽しめるサーキットの面白さに気付いたのだ。

その後は残念ながらサーキット走行する機会には恵まれなかったが、夜中の暴走行為を聞きつけて横に乗りたいと申し出てくる奇特な輩が研究室を訪れるようになった。
近所のダート路に連れて行って、解説しながら走ってあげると、ほとんどが車酔いをしてくれた。
「意外と走れるのかも・・・。」
その頃から、興味はエンジニアリングではなくドライビングに戻っていた。

ほとんど無試験で大手電機メーカーの本社研究所への就職が内定、数年で辞めてレースに専念しやろうと勤務を始め、同時にFJ1600のオーディションを受けるようになった。マカオF3優勝、F1GPへステップアップがシナリオだった。

が、その夢は1年目であっさり途切れた。金がない・・・。そんな理由で諦めた。そう、大して働かなくても潤沢なサラリーが手元に毎月入ってくる生活に安寧した。
数年経って、再び病気が再燃した。
その頃はゴルフ・ファンに転向して、飛ばしに夢中になっていた。面白いことに、ゴルフは一向に上手くならないが、練習場プロと呼ばれるのにはそう時間はかからなかった。しかし、ゲームにならない以上、センスが無いとしか思えない。スキー、クルマは練習すればその日にマスターした。ゴルフは違った。

やはりクルマか・・・。
レーシングカートを中古で購入して、週末はショップのクラブ員として朝から夕方まで走りまくった。クラブのビギナーカテゴリーでタイム自体はすぐにトップレベルになったが、とにかくマシンが壊れた。レーシングカートなのに、毎週数万円が飛んでいく。レースに参加するには切り捨てるものが必要だったが、切り捨てられたのはレーシングカートそのものだけだった。結婚を控えていた私には、モータースポーツへの接点はここで切れた。

スピード大好きな私だったし、自分が参加したいほどモータースポーツ大好きな私だったが、結局今ではF1などのテレビ放映をのんびりと眺めるだけ。

こんな事情を振り返り、下降線を辿っているモータースポーツへ多くの人の視線を集め、実際にその面白さを目や耳だけでなく、体全体で楽しんでもらうことの難しさを改めて痛感している。

北海道で育った私にとって、横浜で育っている私の子供達の姿は恐ろしいほど異質だ。
外で遊ばない。
私が誘えば付いて来て、大喜びで遊ぶ。しかし、友達と誘い合わせて遊びに行く機会は週に数度あるかどうからしい。
遊びたくても、遊び相手も忙しいらしい。もちろん、本人一人でも外で遊ぶという意志も持ちあわせていないらしい。
驚いたのは、自転車を楽しい玩具には感じていないという点だ。そもそも乗りたいと言い出したのも去年くらいだったと思う。
子供にもそれぞれ趣味嗜好があるし、時代や環境によって興味が異なってしまうのは仕方ないことなのだろう。

子供の友人達の話を聞いても、モータースポーツに興味を持っている子は少ないらしい。一番人気はやはりサッカーのようだ。

ただ、電動ポケバイをこっそり公園の駐車場に持ち込み、子供に貸し与えた時、明らかに自転車やキャッチボール、ローラーブレードやスケボー、スキーなどとは反応が違った。

スロットルを捻るだけで動いてくれるのだ。これほど楽なものはない。そして、そのスピード感。自転車では絶対に出さなかったスピードを、息子は電動ポケバイで楽しんでいた。

潜在的に、動力付きの乗り物は魅力を持っているらしい。
モータースポーツにその魅力が直結するかと言えば怪しいところだが、自由に乗り回す機会を経ずしてモータースポーツの面白さを判断せざるを得ない現状は残念でならない。

電動ポケバイにはたった一度しか乗せてやれなかったが、その後も何度か「次はいつ乗れるの?」と言う、思いがけない質問を返してくれた。
テレビのレースには相変わらず興味を持たない息子だが、自分で操作する面白さは記憶に残ったようだ。
だからこそ、チャンスを与えられないことに不甲斐なさを感じている。

ポケバイコースや、カートコースに連れて行くのはまだハードルが高いらしい。本人が嫌がる。だが、広い空き地があって、とにかく玩具にして走る。そういう所から始めたいらしい。
野球で言えばキャッチボール、サッカーで言えばボールの追いかけっこ、そういうった入り口をモータースポーツの場合は用意していない。

好きになるかどうか判らないままスクールやクラブに放り込んだり、いきなりサーキットでは、よほど活発な子供達でなければ意気消沈する可能性も少なくない。

少しずつ自信を付けさせ、自発的に次のレベルへステップアップさせるには、モータースポーツの「キャッチボール」を手軽に楽しめる機会が必要だと考えている。





posted by papacchi at 00:20| Comment(0) | 3.モータースポーツと教育 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。